カメラ情報センターレポート (2004.3.17)
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カメラ業界研究 - ペンタックス株式会社(その1:沿革) - |
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ペンタックスの前身となる旭光学工業合資会社は1919年、メガネレンズ等を製造する会社として設立された。1923年には我が国で初めて映写用のレンズを製作、この分野で大きなシェアを獲得した。また、1931年には国産カメラレンズを完成させ、小西六(現コニカミノルタ)のベスト判小型カメラや二眼レフカメラ・ミノルタフレックスのレンズを供給した。
第二次世界大戦後にカメラの開発に着手
〜クイックリターンミラー機構の開発へ 旭光学工業は第二次世界大戦中、他のカメラメーカーと同様に軍需産業に携わったものの、終戦の翌年にはレンズ加工メーカーとして再出発した。そして、超小型双眼鏡の「ジュピター」を100万台以上輸出するなど大きく成長する。1950年には国内メーカーとしては初めて35mm一眼レフの開発に着手し、翌1951年に その試作機を完成させた。こうして1952年に国産初の35mm一眼レフカメラ「アサヒフレックスT」が発売された。 旭光学工業はその後、アサヒフレックスを改良し、独自開発の「クイックリターンミラー機構」を搭載した「アサヒフレックスU型」を発売した。この「クイックリターンミラー機構」の技術は、現在の一眼レフカメラにも標準採用されているように一眼レフ史上画期的な発明で、1960年には「第2回科学技術庁長官賞」も受賞している 。
ペンタプリズム搭載35mm一眼レフ「アサヒペンタックス」の発売 アサヒフレックスU型はいわゆる上からファインダーを覗くウェストレベル方式のファインダーであったが、旭光学工業は当時、現在主流のアイレベル方式のファインダーとなるペンタプリズムを搭載したカメラの開発にも取り組んでいた。ペンタプリズムを搭載した一眼レフは、1948年にカールツアイスが発売した「コンタックスS」が世界初の市販品とされ、1955年にオリオン精機(後のミランダカメラ)が発売した「ミランダT」が国産初であった。旭光学工業も多額の投資を行ない、1957年には同社初となるペンタプリズム搭載一眼レフ「アサヒペンタックス(AP)」を発売した。この頃には35mm一眼レフはペンタプリズム搭載が主流となり、「トプコンR」(1957年、東京光学機械)、「ズノー」(1958年、ズノー光学工業)なども発売されていた。
大ヒット作「ペンタックスSP」の登場 旭光学工業は「アサヒペンタックス(AP)」の発売以降、半自動絞り機構付きのレンズを搭載した「アサヒペンタックスK(1958年)」、Kの普及版「アサヒペンタックスS2(1959年)」、完全自動絞りのレンズが付き外付け露出メーター (ペンタックスメーター)を取り付け可能な「アサヒペンタックスS3(1961年)」を発売して売り上げを伸ばしていった。旭光学工業は一方で、1960年にレンズを通った光を中央部で測光する(=TTLスポット測光) 方式のペンタプリズム搭載35mm一眼レフの試作機をドイツのフォトキナに出品、その後この試作機を改良し、1964年にはTTL平均測光を 採用したペンタプリズム搭載35mm一眼レフ「アサヒペンタックスSP」を発売した。この「アサヒペンタックスSP」は、”世界初のTTL露出計内蔵一眼レフ”の名誉を「トプコンREスーパー(1963年発売)」に譲 りはしたものの、世界中で大ヒットし、9年にわたってベストセラーを続けた。
中判一眼レフの名機「アサヒペンタックス6×7」の発売 「アサヒペンタックスSP」がベストセラーを続ける中、旭光学工業はSPからTTL露出計を省略した「アサヒペンタックスSL(1968年)」、世界初の35mmTTL開放測光・絞り優先AE一眼レフ「アサヒペンタックスES(1971年)」、SPを改良して開放測光対応とした「アサヒペンタックスSPF(1973年)」を発売した。また、一方で、1969年に中判一眼レフカメラ「アサヒペンタックス6×7」を発売して中判一眼レフ分野にも進出した。この6×7は35mmカメラの操作性・機動性を6×7判のフォーマットに適用したカメラで、多くのカメラマンに支持され、マイナーチェンジを経ながらも30年にわたって発売されるという超ロングセラーモデルになった。現在は後継機となる「ペンタックス67U」が発売されている。
SマウントからKマウントへの変更 Sシリーズでヒットを続け好調な旭光学工業であったが、オリンパス光学工業が1972年に「M-1」(後のOM-1)を発売して小型軽量一眼レフブームが巻き起こ ると状況が変わった。旭光学工業は、スクリュー方式のSマウントからバヨネット方式のKマウントに変更した「K2」、「KX」、「KM」といった35mm一眼レフ「Kシリーズ」を1975年発売するものの、オリンパスのM-1に比べ大柄なKシリーズはSシリーズのような大ヒットと呼べるまでには至らず、翌1976年にはオリンパスOMシリーズと同等以上の小型軽量一眼レフMシリーズ(ME、MX)を発売した。旭光学工業は、このMシリーズの展開により小型軽量一眼レフは「ペンタックス」というイメージを定着させていった。そして、1980年には旭光学工業の創立60周年を記念するプロ仕様高級35mm一眼レフカメラ「ペンタックスLX」を発売した。このLXは20年にわたるロングセラーモデルともなった。
医療機器分野への進出 他のカメラメーカーがカメラ以外の事業分野に参入したように、旭光学工業も1977年に医療機器分野に参入し、気管支ファイバースコープ「FB-17A」を発売した。そして、1983年にはニューセラミックス分野にも参入し、人工歯根「アパセラム」を、1985年には日本初の「アパタイト骨補填材」を それぞれ発売した。1987年には電子内視鏡分野に参入し、CCDセンサーを内蔵した各種の「ペンタックスビデオエンドスコープ」を発売する。現在、これら医療機器分野はペンタックスの売上の3割近くを占めるに至っている。
世界初TTLオートフォーカス一眼レフカメラ「ME-F」の発売〜コンパクトカメラ分野への参入 旭光学工業は、一眼レフのパイオニアとして数々の一眼レフカメラを市場に送り出し、1981年には同社の一眼レフカメラの累計生産台数が世界で初めて1,000万台を突破するという快挙を成し遂げた。同年には世界初の35mmTTLオートフォーカス一眼レフ「ペンタックスME-F」も発売した。 一眼レフカメラのパイオニアを自負する旭光学工業はこれまで、コンパクトカメラ市場に参入せずに一眼レフに固執していたが、「ペンタックスSP」に代表されるSシリーズを展開していた時代に比べると この頃には勢いに陰りが見えてきた感は否めなくなり、1982年にはコンパクトカメラ分野にも参入することとなる。
デジタルカメラ分野への参入 旭光学工業は、1986年に世界初のズームコンパクトカメラ「ペンタックス・ズーム70」を発売、翌1986年には世界初のTTLストロボ内蔵のAF一眼レフカメラ「ペンタックスSFX」を発売するなど新しいタイプのカメラを意欲的に市場に送り出してきたが、デジタルカメラ市場 への参入は1997年と遅かった。しかし、近年は新しいデジタルカメラの開発にも意欲的に取り組んでおり、2003年には同社初のデジタル一眼レフカメラ「ペンタックス*ist-D」を発売している。また、2002年には社名を 「旭光学工業」から「ペンタックス」に変更している。
−次回(その2:事業展開と業績)へ続く−
(参考資料) ペンタックス株式会社ホームページ、ペンタックス株式会社有価証券報告書、日本カメラ博物館「日本のカメラ誕生から今日まで」 他 |
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