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カメラ情報センター特別分析
- 第8回(2004.1.16) -
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カメラ業界研究 - オリンパス株式会社(その1:沿革) - |
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オリンパス株式会社の歴史は、顕微鏡の国産化とその他光学機械の製作を目的として1919年(大正8年)に設立された高千穂製作所に遡る。社名はその後、高千穂光学工業(1942年) 、オリンパス光学工業(1949年)と改称され、2003年に現在のオリンパスに変更された。なお、「オリンパス」の商標は1921年に登録されている。
オリンパスは会社設立当初、顕微鏡や体温計(注1)を製造販売していたが、設立から17年後の1936年に同社初となるカメラ「セミオリンパスT」を発売 、1939年には「オリンパスシックスT」、1948年には国産初のレンズシャッター付35mmカメラ「オリンパス35T」を発売した。この頃までは顕微鏡とカメラ関連事業が主体だったが、1949年にはガストロカメラ(胃カメラ)の研究に着手するなど医療機器分野にも取り組み始めた。 これが、内視鏡で現在、世界シェア70%以上を誇る同社の医療機器部門の歴史の出発点でもある。
オリンパスは1952年、二眼レフカメラ「オリンパスフレックス」を発売、その後、世界初のワイド専用カメラ「オリンパスワイド」(1955年)、レンズ交換式カメラ「オリンパスエース」(1958年)など様々なカメラを市場に 送り出した。そして、1959年にハーフサイズカメラ(注2)「オリンパスペン」を、1963年には世界初のハーフサイズ一眼レフカメラ「オリンパスペンF」をそれぞれ発売した。この「オリンパスペン」シリーズは、1981年に累計出荷台数1000万台を達成する大ヒット作となった。
35mm一眼レフカメラの萌芽期である1960年代、35mm一眼レフ市場ではプロ仕様機のニコンFや普及機のペンタックスSシリーズなどが人気を博していた。この時期に35mm一眼レフ市場に参入していなかった オリンパスだったが、1972年に小型軽量35mm一眼レフカメラ「オリンパスM-1」を発表して35mm一眼レフ市場に参入することとなる。これが「オリンパスOM」シリーズの始まりである(M-1は、同名のカメラを出しているライカ社からクレームを付けられたことから、翌1973年に「オリンパスOM-1」と名称を変更して発売された)。その後、世界初のTTLダイレクト測光を搭載した「オリンパスOM-2」(1975年)をはじめ「オリンパスOM」シリーズ のカメラが次々と発売され、小型軽量一眼レフブームを巻き起こした。OMシリーズ最後となる「OM-3Ti」と「OM-4Ti」は2003年まで発売された。
1960年代から1970年代は35mm一眼レフ=MF(マニュアルフォーカス) 一眼レフの時代だったが、1980年代に入り徐々にMFからAF(オートフォーカス)一眼レフへと移行し始めた。まず、ペンタックスが1981年に世界初のTTL-AF カメラ「ペンタックスME-F」を発売、他メーカーも同様のAFカメラを市場に投入した。初期のAF一眼レフカメラは、大型のモーターをレンズに内蔵したごく一部の専用レンズでしかAFが可能でなかったこと等からブームを起こすまでには至らなかったが、ミノルタ(現コニカミノルタ)が1985年に市場に投入し て旋風を巻き起こした世界初の本格的AF一眼レフ「ミノルタα-7000」をきっかけにAF一眼レフブームとなり、 他社も相次いで本格的なAF一眼レフを発売した。オリンパスも1986年にレンズ交換式AF一眼レフ「OM707」を発売したが、MF一眼レフのOMシリーズが一世を風靡する一方でAF一眼レフのOMシリーズは不調に終わり、 同社はレンズ交換式AF一眼レフ市場からの撤退を余儀なくされた。以後、オリンパスの35mmAF一眼レフは、レンズ・ボディ一体型のLシリーズのみとなった。
このように35mmAF一眼レフでは十分な成果を挙げられなかったオリンパスであるが、35mmコンパクトカメラでは成功を収め、デジタルカメラへの参入に も積極的だった。1993年にデジタルスチルカメラ「DELTIS VC-1000」を発売、3年後の1996年には当時35万画素クラスが主流だった中で80万画素のデジタルカメラ「CAMEDIA C-800L」を発売してデジタルカメラ市場に本格参入した。オリンパスはその後もデジタルカメラの新製品を市場に次々に投入、CAMEDIAシリーズの累計出荷台数は2001年に500万台に達し 、大手デジタルカメラメーカーの一角を担うようになった。2002年9月には、出遅れ感のあったレンズ交換式デジタル一眼レフ市場に参入すべく、米国イーストマン・コダックとメーカー間のレンズ交換の互換性を持つ次世代デジタル一眼レフカメラシステム用の新規格“Four Thirds System(フォー・サーズ・システム)”を策定し、採用することで合意した。併せて普及させるためのフォーラム“Universal Digital Interchangeable Lens System Forum(ユニバーサル・デジタル・インターチェンジャブル・レンズ・システム・フォーラム)”を設立して賛同メーカーを募集、富士写真フイルムが賛同した。そして、2003年にはフォーサーズシステム第一号となるレンズ交換式デジタル一眼レフ「E-1」を発売した。
−次回(その2:事業展開と業績)へ続く−
(注1)体温計製造分野は1923年に赤線検温器梶i現テルモ梶jに譲渡された (注2)撮影した画面サイズが35mm判の半分となることからこう呼ばれた。フィルムには35mmフィルムを使用する。 (参考資料) OLYMPUS FACTS 2002/2003 他 |
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